まあ芸能界っていうのはダークな世界であるのを前提としてですが、ここ最近のメディアというのは逆に無菌抗菌化しています。「イメージ」が何より大事。ファッションもルックスも子育ても男女関係もすべて「イメージ」に奉仕するための一要素に過ぎません。俳優も歌手も文化人も自分の「持ち芸」じゃなくて「イメージ」を売り物にしているようです。少なくともテレビなどのメディアに大々的に取り上げられるオーバーグラウンドのシーンでは「作品」なんて大した売り物ではないんだよね。なんかそれぞれの「イメージ」が売りつける「商品」コマーシャルされる石鹸とか携帯電話とかと同列にそれぞれの「作品」もあるっていう。広告代理店が映画も音楽もアートも主導するっていう。俺広告代理店ダイキライなんでエキサイトしてきたけど笑。
まあそういう世界においてでも受け手側っていうのは毒にも薬にもならない奴なんてたいして面白くないわけなので、その「毒」性をうまいことコントロールしてちょこちょこちりばめることのできる人間を求めたりしてて、そこにうまいこと収まれたのが紳助なのかな?と思うんだよね。内包する「毒」というか、暴力性、権力性、それがバラエティという枠においては有効に作用したのかも?って。僕自身はそういう暴力性が他じゃなくて自らに向けられたりするスタイルの芸人さんが好きなので有吉弘行に期待します。あとフット後藤。
内包といえばアップルにおいてのジョブスは日本においての「天皇」なのかなんだか詳しく知らないけど彼は「クレイジー」ってよく言うよね。どっかの大学の講演でも言っていたあれはアレか?「フーリッシュ」か?結論から言うと「創造性は狂気もしくは狂気にとても似通っているものだ」っていう事なんだろう。アップル製品は世界中の創造的な仕事をしている人たちに使われていて、それはやっぱり製品の作り手、しかもその象徴的な頂点であるジョブスが「気違い」であるという所に根拠があるのではと思う。ちなみにホメてます。
そういった気違いが興した会社が今ではスマホなど情報端末、音楽配信という分野では世界制覇に近い所にいるわけでこれはただの気違いではなくて技術力に裏打ちされた気違いというのが大きいのだろうけどこういう状況はともすれば硬直したドグマにもつながりやすいし、アップルはアプリ開発とかに関しての縛りも結構キツいらしいし、なんかだんだん普通の組織化していってしまってジョブスという「偉大なる気違い」がいた在りし日を懐かしむ、なんて事にもなりかねない。ミーハーなアップルユーザーとして少し憂慮する所ではあります。
で菅さんが内包しててものは何だったんでしょう?1年ちょっと付き合ったけどよく分かりませんでした。ただ浜岡停めたのと「脱原発」を言ったはじめての日本の最高権力者という意味では評価しています。あと「顔芸」で楽しませてくれた事。アディオス!


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