2011年8月25日木曜日

スターピープルインザアース

ユング心理学における無意識という物の例としてユングはヨーロッパからの移民は新大陸を征服し原住民からアメリカ大陸を奪い取った訳だが、征服したはずのアメリカ人たちが逆に文化的には原住民の軍門に下ったともいえる、その根拠としてアメリカ人達が愛するスポーツに関して鷲やバッファローといった原住民のモチーフが見られる事という事を上げていた。

もっと言えば近代文明が行き詰まりを見せる中でニューエイジ的な価値観、東洋的な精神主義、ネイティブに対する再評価などもある種西欧的な覇権主義の敗北とも言えるであろう。今や我々はネイティブの知恵を必要としてそこに救いを見い出すしか無い所に追い込まれているのである。「肉を斬って骨を断たれた」というか。

ユングはそういった事の説明として集合的無意識を上げる。個人個人としての無意識があり、そのさらに深層に血縁的集団の無意識、さらに民族的集団の無意識という風に、最終的には地球という物の無意識、宇宙総体としての無意識にまで行き着くかも知れない(ユング心理学ではそこまで言っていないかもしれないが)。こう考えていくとこの無意識という物はネイティブの言う「スピリット」「グレートスピリット」と同じ物を指しているように思われてくる。

人間の精神や肉体を形作るのは気象や自然を含めた外的環境であり、人間はマインドに捉われ自分があたかも独りであるような錯覚、それが傲慢にも絶望的な孤立感にもつながるのであろうけれど、本当は我々は身近な自然や風や雨を通じて地球とも繫がり、自分の肉体を通じても遥か昔の父祖とも繋がる存在なのだ。

スピリチュアルな話だが我々の魂は遥か宇宙の彼方の星団から来たという。その彼方から飛来した我々の魂が地球のスピリットと有機的に結びつき物質のレベルでは肉体となり、目に見えないレベルにおいて精神となったのかも知れない。我々が時に自分の居場所を「ここでない何処か」に探すにも関わらずこんなにも地球上の自然の美しさに惹かれるのはそのせいなのかも知れない。

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